工房の風景「アイルランドの写真」 ドゥーリンの記憶

Posted on : 2017-09-29 | By : ゆふこ | In : 教室, 日記, 異国のはなし

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昔、友人と二人でアイルランドを旅した。

大自然とギネスビールの国、アイルランド。

訪れた土地は全て忘れがたい景色とともに記憶に残っているが、その中でもドゥーリンという村が一番印象深い。

 

アイルランド南西部の海岸線を旅した後、午後のバスで「ドゥーリンに行きたい」と言うと、草原の中の何もないところで降ろされた。

「さて、どうしよう?」

「こういう場合、海に行ったら街か何かあるものなんじゃないの?」と空を見上げ、

「あっちの空が広いから海なんじゃない?」と言って友人と歩き出した。

 

私たちは、アラン諸島を目指していた。

島へ行くには、ドゥーリンから船が出ているらしい。それに音楽が盛んらしい。

たったそれだけの情報でバスを降りたけれど、「○球の歩きかた」には3行しかガイドが載っていない。

 

海までたどり着くと、お店が5軒ほどあった。

土産物屋らしき店に入り「アラン島に行きたいんだけど」と言うと、

「この波じゃあ今日は船が出ないよ。ここの港から出るのは小さなボートだからね。隣街のゴールウェイなら大きな船が出るから大丈夫だと思うけど。」とのお言葉。

「ゴールウェイに行くには、どうしたらいい?」

「バスに乗ったら行けるけど。あぁ、でも今出たところだな。今日はもう無いよ。」

そのバスから降りてきたのですよ。私たちは。

 

あのままバスに乗っていれば、と後悔したけれど後の祭り。

仕方が無いから、今日はこのあたりの宿に泊まろう。

 

「地図を見せてください。パブで演奏があるって聞いたけど、そのパブはどこにあるの?」と訊いたら、「地図!」と言って笑い出すおじさん。

「地図なんて無いよ。この村には道が一本しか無いんだ。描いてあげよう。道の端が海。この店があって、道を戻ってバス停を超えたあたりにパブが2軒ある。ここに行けば演奏が聴けるよ。食事はこの2軒でしかできないからね。夕方からずっとパブにいるといい。」

 

 

夕方近くになり、村のあちこちから楽器を練習する音が聞こえてくる。

 

羊の声と、空と草原と黒い海。

あぁ、生活する以外には、音楽しか無いんだ。この村には。

 

友人と二人でパブに入って夕食を取ると、アイリッシュ音楽の演奏が始まった。

「パブの出し物」くらいに思っていたら、とんでもない。

 

静かに始まった音楽は、やがて重なり合い、高く低く。遠く近く。

恍惚とした表情の奏者たちの音はやがて、永遠のその先へと広がっていった。

 

「私たちには音楽以外なにも無いんです」という極限のアイリッシュ音楽は、首都ダブリンでも聴いたことが無かったし、もう2度と聞けないと思う。

 

演奏が終わり外に出てみると、星空の中に私たちはいた。

 

どこが上か下かもわからない真っ暗な夜の地球。

明るいのはパブの窓だけ。

聞こえるのはパブの音楽だけ。

暗闇と音楽だけで構成された世界。

そこで、初めて「芸術は人が生きるために必要なものなんだ」と知る。

 

アイルランドの旅の後半、バスを待つ間に見た店に、額装されたモノクロの写真があった。

「ドゥーリンで見た波と似ている」と思ってその写真を買った。

 

あれから20年以上が経ち、新しい工房に引越す時には、この写真を飾ろうと決めていた。

アイルランド

私の作ったステンドグラスが、生活に必要なものでありますように、という祈りを込めて。

 

***

 

引越しの時に、コンクリート打ちっ放しの壁を見た生徒さんが「ここ、ヒビが入っている。。。」と残念そうにおっしゃるので、見てみると、確かに大きなひび割れがありました。

 

私はそれを見た瞬間、「この割れた模様はアイルランドの波の写真にちょうど良いかもしれない」と思って、ドキドキしました。

そこに写真を飾ってみたら、ぴったりと壁のヒビと波の模様が合わさって、私は嬉しくなりました。

 

今、その写真を見ながら作業しています。