コンサート

Posted on : 2006-07-28 | By : ゆふこ | In : 日記

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神戸のグループホームで、チェロ四重奏を弾いてきました。
ロビーいっぱいに並べられた椅子には、楽しみに待っていらした
老人がたが「まだか」と言わんばかりに勢ぞろいで座って
いらっしゃいました。
この日は7月7日だったため、演奏したのは「七夕さま」や
「見上げてごらん夜の星を」から夏にちなんで「われは海の子」
「浜辺の歌」など親しみやすい曲ばかり合計7曲。
アンコールは、さすが神戸「六甲おろし」でした。
曲に合わせて歌うコーナーでは、この日のために練習されたそうで、
楽しげに声を出す皆さんの生き生きとした表情が印象的でした。
私は、老人ホームに限らず、お客さまと至近距離で演奏できる
このようなコンサートが大好きです。
涙を流して喜んでくださる姿を目の前で見ると、もらい泣きするので
誤魔化すのに少々困りますが。(涙に弱い)
生まれたばかりの赤ちゃんから御年寄りまで、言葉は
無くとも音楽はその胸に響くのかと思うと、
自分が楽器を演奏できる喜びをひしひしと感じます。
グループホームのロビーの片隅には笹の葉が飾ってあり、たくさんの
短冊がぶら下がっていました。
「どれどれ?」とのぞいてみると書いてあるのは「ケーキ食べたい」
「美味しいお寿司をたくさん食べたい」などなど。
あんまり可愛い願い事が多いので、思わず笑ってしまいました。
ヒトは年齢を重ねると、少し子どもにかえっていくのかもしれません。
私がおばあちゃんになったらなんて書くかなぁと考えましたが、
今現在でも「かき氷機が欲しい」って程度なので、歳をとっても
「かき氷食べたい」くらいでしょうか。
一つショックなことがありました。
グループホームでお世話をする若者たちは、私たちが演奏した歌を
知らないのだそうです。
それで、老人の皆さんの事前練習のため、そのまた事前練習を
自分たちだけでしなければならなかった、と。ガ~~ン!
「じゃあ今は小学校で何を習うの?」とショックを受けましたが、
同時に、自分とは明らかに世代が違う若い彼らが福祉の場で
活躍していることが頼もしかったです。
短いコンサートでしたが、誰もが幸せな気分になれた空間で
楽器を弾けて、演奏者としてこれ以上のことはないな、と
思いました。

美瑛の丘

Posted on : 2006-07-22 | By : ゆふこ | In : 日記

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初めて北海道を旅した時、絵葉書のジャガイモ畑があんまり奇麗で、ユースホステルのおっちゃんに「これは何処ですか?」と訊いたら「あぁ、美瑛ね」という答えが返ってきました。
絵葉書の景色を求めて訪ねた美瑛は、丘に畑のパッチワークを縫い付けたような緑豊かな農耕地でした。

「農作業の邪魔をしないように」と、トラクターを避けて道端の木陰で隠れるように自転車を押しながら景色を眺めていたのは大学生の頃のことです。
あれから15年。美瑛は、すっかり観光の街になり、「名所」らしき場所には駐車場が設けられて、整備された道路をすいすいとレンタカーで走れるようになりました。
それでも景色は変わらず、緑のパッチワークが何処までも続いていました。自然のままの自然も美しいけれど、人の手が入った自然を「半自然」と呼ぶなら、これはこれでずいぶん美しいものだ、と思います。
奇麗に植えられた植物の苗や、実った穀物、刈り取られた跡でさえ、自然と人が織りなす風景の傑作だと思うのです。
今回は、そんな風景の中の小さな宿に泊りました。
とても心地よい宿で、とても気持ち良く過ごさせていただきました。詳しくは、相方さんのブログに載ってますので、よろしかったら
遊びに行ってみてください。

http://itok.jp/search.php?d=2006-06

相方さんは、マメなので6月28日~7月2日にかけて北海道の日記を書かれてます。私とはエライ違いです。そして、2人で
ずっと旅しているにもかかわらず日記が微妙に違うので、両方読むと面白いかもしれないです。
美瑛の朝は、きっと美しいだろうと思いながら寝たら、丁度、朝焼けが奇麗な時間に目が覚めました。
実は目が覚める寸前、私が小学生の頃の校内が荒れ狂っていた光景が夢に出てきて、とても嫌な気分になりました。
そんな暗い気分を塗り替えてしまうような美しい景色を窓の外に見つけた時、誰かに感謝したい気持ちになりました。
それで相方さんを急いで起こしたわけですが、彼は大変に眠そうで、しきりにアクビをし、目をこすって、景色を見た後はあっさりと
また眠りについてしまいました。(3時半だったからね。。。)
彼が寝た後も、私は、ずっと一人で窓の外を見て景色を目に焼き付けようとしました。どんどん空が白んできた頃には、
私も横になって寝てしまいましたが。
写真だと色が微妙に違うのが残念ですが、少しでも奇麗だった景色をお見せすることができたら、と思って写真を撮りました。
CIMG2387.jpg
何年か経ったらまた訪ねたい場所です。
その時も、変わらず畑のパッチワークが可愛い丘の景色が残って
いますように。

動物園

Posted on : 2006-07-10 | By : ゆふこ | In : 日記

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相方さんの希望により、旭山動物園へ行ってきました。
ご存知のかたも多いと思いますが、ここは、行動展示で一躍有名になった、今や北海道を代表する観光名所の一つです。
園内を見て回ると、なるほど「お金をかけた」というよりは「工夫をした」という感じで、彼らが動く様子は、なかなか面白かったです。

中でも面白かったのは『ヒト科ヒト』でした。
ホッキョクグマ館では、白熊が水辺でたたずんでいました。
クマ:水に足をそ~っと入れかける
ヒト:「おぉ」とどよめき、水槽に顔をくっつける
クマ:空中で足をピタっと止める
ヒト:息をのむ
クマ:やっぱりや~めた、と足を岸に戻す
ヒト:ため息
クマ:水に足を入れ。。。
ヒト:「おぉ」とどよめき。。。

このパターンを何回か繰り返す様子を観察するに、相手の反応を楽しんでいるのは、どちらかというとクマのほうでした。
寝ている動物さんたちに「起きろ~!」と叫んだり、水槽をバンバン叩くのは、大抵、ヒト科オバサン属かジャリンコ属の面々でした。相手からは、迷惑がられているようでした。
オランウータンの子どもは、17mもあるポールを登った後、2本のポールの間に張られたロープを使って空中散歩を披露しました。
ロープの下に群がるヒトへのサービスが終った後は、お母さんにしがみつき『一人でもできたよ』と報告しているようでした。まだ3歳だというのに、偉いものです。
そんなわけで、「ヒトも動物の一種なんだな」と実感した久しぶりの動物園でした。

日本初のウイスキー

Posted on : 2006-07-04 | By : ゆふこ | In : 日記

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アイルランドでのギネスビール工場訪問以来、「酒蔵探訪」は、私にとって、好きな観光手段の一つになりました。
そんなわけで、神威岬から旭川への道中、日本で初めてのウイスキーが作られたというニッカウヰスキー余市蒸留所へ寄り道してきました。
お酒を作る過程は、錬金術のように不思議な上に、酒樽に施された創意工夫などを知るだけでも面白く、何より、どんなお酒にも必ず
存在するドラマが私の興味を引きつけるのでした。
訪れた蒸留所は「工場」と呼ぶには、あまりにのどかな、赤いとんがり屋根の建物が点在する緑豊かな場所でした。文化財にも指定されているという建物たちの、そこかしこから良い香りが漂ってきて、相方さんもご機嫌です。
***
ニッカウヰスキーの創始者である竹鶴氏は、本格的なウイスキーづくりの技術を習得するため、1918年に単身スコットランドへ旅立たれたそうです。日本は、大正時代のことでした。
スコットランドでの彼の努力は、並大抵のものでは無かったと思いますが、そんな彼を支えたのは、リタという女性でした。
その後、竹鶴氏と結婚した彼女は、日本に永住することになります。私は、飛行機も無い時代に、世界地図からはみ出しそうな遠くへ
(欧州の世界地図では日本が端に描かれている)渡ってきた彼女に興味を持ちました。
リタと結婚して1921年に帰国した竹鶴氏は、戦後不況を乗り越え、1934年にスコットランドと似た余市でウイスキー作りを始めます。
私は、展示されている年表から、リタの歩みを丹念に拾い出しては、読み進んでいきました。
年表の最後のほうで、リタが竹鶴氏より先に亡くなったことを確認すると、私は、なんとなくホっとしました。
異国に住まう大変さを微塵も感じさせずに着物姿で微笑む写真の中の彼女は、最後の瞬間まで愛する人と一緒にいられたのだ、独りぼっちにはならなかったのだ、そう思うと「よかった」と思いました。
爽やかな青空と白樺の枝を渡る風が心地よい午後の工場見学でした。
ニッカウヰスキー余市蒸留所
CIMG2247.jpg