私が影響を受けた芸術家(3)安野光雅

Posted on : 2010-01-21 | By : ゆふこ | In : 日記

2

子どもの頃、私は自分の画力に自信を持っていました。「自信」と言っても学校から賞状をもらうとか大人たちが褒めてくれるとか、そんな程度のありがちな「子どもの自信」ですが、とにかく絵を描くことなら誰にも負けないと思い込んでいました。

ある日、小さな従兄弟が「この絵を描いて」と機関車の写真を持ってきました。それを見た鉄道マニアの従兄弟が「僕も一緒に描くから、どっちが上手いか決めてもらおう」と言い出しました。私は張りきって描き、出来上がった従兄弟の絵を見ても自分のほうが数段上手いと思っていました。(子どもの根拠なき自信は果てしない)

ところが、年下の従兄弟の「お兄ちゃんの方が上手」という言葉に私は打ちのめされました。どう見ても私のほうが正しいデッサンで遠近感もあり、影までつけてあるのに、「何がいけないのだ?」と混乱しました。

残念なことに小学生だった私の疑問に答えをくれる人は、その後何年も現れず、自分自身で答えを見つけることも出来ませんでした。と言うより、見つけようともしませんでした。

答えをくれたのは安野光雅さんでした。1995年に放送されたNHK趣味百科の「風景画を描く」、それから更に絵とは何かを掘り下げた2004年のNHK人間口座「絵とイマジネーション」で、安野さんは最も重要であり私に最も足りなかったものを明確に示されました。

たくさん得た知識の中で、私が一番影響を受けたことを一言で表すと「よく見ること。そして、大切なものが何かを考えてそれを抜き出し、余計なものは省くこと」です。

私が描く絵には不要な線が多すぎたのです。安野さんのお話で初めて気付いたことは、描く対象の本質を見極めることが絵を描く時に一番大事な作業だということでした。

この経験は、後にステンドグラスのデザインを考える時に大きな助けになりました。私のステンドグラスの元になっているデザイン画は、安野さんの手法にのっとって描いたものばかりです。

私が影響を受けた芸術家(2)岡本太郎

Posted on : 2010-01-12 | By : ゆふこ | In : 日記

0

たぶん私が小学生の低学年の頃だったと思います。京都からほとんど出たことが無い両親が娘達を車に乗せて大阪のエキスポランドへ連れて行ってくれました。

「ほら、太陽の塔が見えてきた」と言われて窓から外を覗くと、地面からニョキっと突き出た遠目にも巨大だとわかる不思議な像が立っていました。碁盤の目の京都を毎日運転している父は、曲がりくねった大阪の道に面食らい、地図の読めない母は何の頼りにもならず、車はグルグルと太陽の塔を遠巻きに走り続け、おかげで私はずいぶんと長い間、太陽の塔との時間に浸ることが出来ました。

私がその後、その塔の作者を見たのはテレビコマーシャルで、「芸術は爆発だ!」と叫ぶおじさんがその人でした。当時、岡本太郎は芸術家として認められてはいましたが、作品そのものよりは本人のキャラクターが買われてテレビ等に露出されていたと思います。

現在の岡本太郎の扱いはずいぶんと変化して立派な芸術家として世間一般からも認められています。そう振り返ると「変な人」が「芸術家」へ昇華していく様を私がリアルタイムで目撃できた唯一の人物だと思います。もちろん岡本太郎は最初から岡本太郎でしたが。

「現代美術」というものが私にはよくわかりません。が、今まで見てきた感想を言うと、快・不快に関係なく人間の根源に直接揺さぶりをかけるようなモノではないかと思います。それだけに直感的に物事をとらえることが出来たはずの幼い頃に親しんでいたら、と残念に思います。娘を度々美術館へ連れて行ってくれた父は印象派が好きなようで、近代芸術には全く興味が無く、私が近代美術を知ったのは学校の教科書が初めてで、自分から美術館へ行ったのは20歳を過ぎてからのことでした。これは遅すぎたと思います。

私が岡本太郎の作品に魅かれ続けるのは、幼い頃に偶然に見た太陽の塔が心に刻まれたからではないかと思うと、純粋な感覚を持っている間に自分の子どもには現代美術に触れる機会を持たせてやりたいと思います。そのためには「本物」でないと意味が無いけれど、頼りないことに自分ではよくわからないので、そのあたりは専門家の評価にお任せします。美術に限らず何でも「雑食」なら少々の当たり外れは問題にならないでしょうから。

私が影響を受けた芸術家(1)ゴッホ

Posted on : 2010-01-07 | By : ゆふこ | In : 日記

0

最初にお断りしなければならないのは、私に直接的な影響を与えた芸術家は、ステンドグラスでは北條日出子先生で、チェロでは林口眞也先生です。このお二人無しに今の私は有り得ません。が、余りにも近すぎる存在なので、ここでお話しするのはやめておこうと思います。(飲みに行けなくなっちゃう)

「私が影響を受けた芸術家」ビンセント・バン・ゴッホ

高校生の時に渡された美術の本の裏表紙に、ゴッホから弟のテオに宛てた手紙が載っています。その手紙の内容に衝撃を受け、それ以降、私の描く空はゴッホに支配されたままで、私はそれで正しいと思っています。

もう20年以上も前の教科書なので承諾も無しに転載することをお許しください(誰に言ってるのか?)。ここに転載する内容は、美術に興味があっても「描くこと」に興味が無い人にとっては、どちらかというとむしろ要らない知識かもしれません。

———-

(長いので1文めは省略)

ここの自然の色彩を見ると、ぼくはよくミシェルを思いだす。きみも知っているように、彼もまた灰色の空(ときどきは黒ずんだねずみ色)とか黄がかった灰色のニュアンスをもった褐色の土地とかを描いている。これは全く真実だ。自然にかなっている。

いいかね、そのやり方でものを見るためには固有色そのものに注意を向けてはならない。空の色彩との関連において見なければいけない。

あの空は灰色だ—しかし、真珠光沢の輝きがあるからいかに純粋な白を使ってもこの光とちらちらした輝きを描き表すことは不可能だろう。いま、この灰色の空を描き始めたものがあるとする。彼はいま言った通り自然の強度に達するにはほど遠いのだから、首尾を一環させるためには、大地の褐色と黄がかった灰色をもっと沈んだ調子に加減することが多いに必要となる。一度このやり方で分析したら、実に条理にかなっているから、これまでいつもこの見方をしてこなかったことが理解に苦しむようになる。

だが緑の野とか赤茶けたヒースとかの固有色をひとつひとつ離して考えるとたちまち過ちを犯すことになるのだ。

————-

もちろん、欧州の空と日本の空は光線の加減や、その他様々な条件の違いによって全く同じように描くわけにはいきません。が、彼の言葉の中には風景を捉えるための大いなるヒントと真実が表されていると思います。

謹賀新年

Posted on : 2010-01-06 | By : ゆふこ | In : 日記

2

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年も去年の反省と今年の目標を。。。

まずは去年の反省からということで、1年前のブログを掘り起こしてみると、こんな感じでした。

———————————

1)個展の開催(3月と秋)
2)納期厳守
3)建築用の営業開始
4)HP更新
———————————

1)結果は×です。原因を考えるに、プライベート(2人の子育て)が想像していたよりもかなり忙しく自分の時間が取れなかったことが大きいですが、あと嬉しい要素としては、オーダーをいくつかいただいて、そちらに忙しかったというのもあります。今年は無理ですが、来年には個展開催を目指したいです。

2)ギリギリ。。。セーフ?。。。いや、それをアウトと言うのかも。。。ということで、×です。

3)○です。サンプルを作って営業開始しました。

4)△です。相方さんに任せっきりで業務連絡は○でしたが、ブログが相変わらず×。その結果、△。

今年の目標を考えました。

—————————————————-

1)窓用のパネルをメインに制作する

—————————————————-

今年も忙しくなるのがわかりきっているので、無理せず目標は1つにします。ゆふ工房を立ち上げて3年余り、自分がステンドグラスの世界で生き残っていくためには何をするべきかを模索し続けた3年とも言えます。もちろん、ガラス自体が好きなので何を作るのも楽しいですし、ランプも小物も何でも作り出せるステンドグラスの世界を大切にして、これからも作り続けたいと思います。が、その中でやはり「窓にはめ込まれたステンドグラス」を一番魅力的だと思う自分を再確認しました。朝は太陽の光を吸い込み、夜は建物の中のあかりを温かく映す、そんなステンドグラスを作りたいと思います。

では、今年もよろしくお願いいたします。

ゆふ工房 伊藤裕子