こつぶ展 4 開催お知らせ

Posted on : 2015-04-06 | By : ゆふこ | In : 日記

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工房の生徒さんたちに「今年の秋は「こつぶ展」を開催するので、生徒さん展もありますよ」と言うと「え? もう2年も経ちましたっけ?」とおっしゃる生徒さん続出。( ^ . ^ )

そうなのです。もう2年も経ったのです。

 

というわけで、まだまだ先ですが「こつぶ展 4  / ゆふ工房生徒さん展 同時開催」のお知らせです。

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▪️こつぶ展 4 ▪️

ー ゆふ工房 生徒さん展 同時開催 ー

月日:2015年11月10日(火)〜11月16日(月)

場所:アイディ・ギャラリー

京都市中京区夷川通寺町西入南側

http://inter-d.jp/idgallery/map/index.html

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詳細は、また会期が近くなったらお知らせしますね。

今回は、過去に寄せられた意見を参考に、11月のなんでもない週に1週間、細く長く開催することにしました。

場所は、毎回変わらずアイディ・ギャラリーさんにお世話になります。

生徒さんには、夏頃に詳細をお知らせできると思います。

 

<2013年に開催した「こつぶ展 3」 の様子>

<同時開催した「生徒さん展」の様子>

ひとりごと 2

Posted on : 2015-04-01 | By : ゆふこ | In : 日記

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長女が保育園を卒園した。(注:ひとりごとなので丁寧語ではありません)

2013年の4月1日に書いた長男が卒園した時の話は、男の子を持つお母さんたちからの共感を呼び、ステンドグラスの話よりよっぽど反響があったが、今回の話は「わかるわかる」と思う人は少ないかもしれない。

 

「うちの娘はダウン症です」こう言う時に、声が震えなくなったのはいつからだろう。

今は、明るく笑って「うちの娘は可愛いんです」と言えるようになった。

私が、娘が生まれてからの6年間で学んだことは、たくさんある。

『だいたいのことは時間が解決する』というのも、その1つだった。

 

娘を出産した瞬間、私は「何かが違う」と思った。長男は、ゴムまりが弾むように生まれてきた。

でも、あんな風に全身からみなぎるエネルギーのようなものが感じられなかった。ただ、娘の姿は、見たところいたって普通だった。

 

娘が生まれて4日目の早朝、何の前触れも無く、私の頭の中に「ダウン症」という言葉が浮かんだ。

どうしてそんな言葉が思いついたのかは、自分でもわからない。

持っていた携帯でネット検索してみたが、ダウン症の見た目の特徴は、娘には当てはまらなかった。

それでも私は、その日の小児科健診で「うちの娘はダウン症ではないですか?」と訊いてみた。

小児科医は少し驚いて「お母さんは、医療関係のかたですか? 僕でも自信がありません」と言った。

「見たところ、5割の確率も無いと思います。ただ、筋緊張が低いようです。もしも、お母さんが納得がいかないのなら、染色体検査を受ける手配をしましょうか?」と言われた。

私は「できるだけ早くお願いします」と答えた。

小児科健診の後、いても立ってもいられなくなり、夫に「すぐに帰ってきて欲しい」とだけ電話した。

慌てて帰ってきた夫に「この子はダウン症かもしれない」と泣きながら言うと、意外にも夫はホッとした顔をした。

「なんだ、死んだって言われるのかと思った。生きてるならいいよ。」と言って娘を抱きしめた。

そして「子どもは、どんなでも、僕にとっては天使です。」とまっすぐに言った。

私は『自分は、なんて出来ていない人間なんだろう』と思って、また泣いた。

 

生後8日目に府立大学付属病院へ行き、全身をくまなく検査。

当日出た結果。心臓内臓を含め身体には障害が無いということで、とりあえずホッとする。

1ヶ月半後に染色体検査の結果。21トリソミー、いわゆるダウン症候群と判明。

それからは、涙が枯れても泣き続けた。

 

私にとって心の支えとなったのは、私のことを真剣に心配し、励ましてくれる家族や友人がいたことだった。

だから私は子どもたちに「お友達を大切にしなさい。やさしくしなさい。」といつも言う。

 

絶望の淵にいた私には、たった1つの希望があった。

東京に住んでいた頃、一緒に弦楽四重奏を弾いていた友人MY氏の息子さんには、脳障害があった。

最初、私は彼に脳障害があるとは気がつかなかった。それがどれだけすごいことか、後に私は実感することになる。

とても仲良しのその家族と一緒にいると私は居心地が良く、「こんな風に仲の良い家族になれるなら、子どもに障害があるのも良いかもしれない」とさえ思っていた。

そしてその家族をまとめる母親のMさんは、とても聡明な人だった。

私は図々しくも昼ごはんからおやつ、晩御飯までご馳走になったこともある。Mさんは「もう、仕方ないわね」と言いながら、じゃんじゃんご飯を作って出してくれた。

染色体検査の結果を聞いた後、暗闇しか見えない私にとって「Mさんみたいなお母さんになれるかもしれない」と思うことだけが、たったひとつの希望の光だった。

私は、迷わずMさんに連絡した。

心のSOS信号だった。

すぐに返事があった。

そこから後の話は、書いても書ききれない。

 

あれから6年。娘は元気に育ってくれた。

一般的には「ダウン症の子は天使のように微笑み、穏やかな性格になる」と言われている。

けれど、うちの娘はその前評判を見事に覆し、やんちゃに育った。

 

娘を育てていて思うのは、

子どもをよく観察すること。何かがおかしいと思ったら、良くなるための行動を素早く慎重に起こすこと。

できるようになったことを数えて喜ぶこと。できないことは数えない。(例え世間ができないことを数え上げたとしても)

誰かと比べないこと。

何が得意なのか、何が好きなのかを見て、そこを伸ばす手助けをすること。

etc.

。。。ふと、これって『普通の子』の子育てと同じじゃあないの?と思ったりもする。

 

でも、例えば子どもの身体が大きくなって、靴を買い換えないといけなくなるとする。

「ん?歩き方が何かおかしいぞ?」と気づく。

そして、かかりつけの小児科医と理学療法士の先生の診察を予約する。

そうしたら「足が変形してきています。専用の装具を作りますか?保険は降りるかもしれないし、降りないかもしれません。作るかどうかは親の判断になります。」と言われる。

「はい、作ります」と答える。

そこからまた靴作りの予約をする。

2回目の診察の後、石膏で足型を取り、3回目に仮合わせ、4回目にやっと受け取り。

初回の診察から、靴が出来上がるまで約2ヶ月かかる。

靴を買うだけで仕事を4〜5回は休む必要がある。

一事が万事その調子なので、そういう意味では「大変な子育て」だと思う。

 

なので、工房カレンダーに「工房開放日でない日は、作業に集中するための日です」と書いてあるのは、半分は嘘です。

娘の健診や言語療育、身体訓練、その他諸々の事情により休んでいることが殆どです。

ゆふ工房の生徒さんたちは、もちろんご存知です。

 

最後に、うちの「天使」の写真を特別公開。

普段は子どもの顔を出さないけれど、もうずいぶんと顔が変わったし、特別に。

3歳頃、生まれて初めてチョコを食べて「取られてなるものか」という表情の娘。

後輩夫婦が遊びに来た際に撮ってくれた写真で、娘の性格がよく表れている。

 

娘は、この春から総合支援学校という擁護学校のような小学校へ進学することが決まりました。

 

今になって、私も思います。

子どもは生きていてくれたら、それでいい。

元気でいてくれたら、もうそれだけで十分。

だから、お母さんは、何があっても怒りません。←この行のみエイプリルフール

 

おしまい。