ゴッホの部屋
セザンヌの横には、ゴッホの絵が描けてありました。
どんな意図で、このような配置になったのか、学芸員の
かたに訊いてみたいものです。
***
確か高校生くらいの時に、家に置いてあった御菓子の缶に
この絵が印刷されていました。
誰の絵かも知らず「こんな可愛い部屋い~なぁ」と思った
ものですが、実際は普通の部屋の普通の椅子やベッドを
ゴッホが描くと、そんな風になった、と、これまた
ずいぶん後に知りました。
ゴッホは日本に憧れ、より日本に近い場所に行きたいと
願って、温暖なアルルに移り住みました。
(日本とアルルじゃ~全然似てないと思うけれど、
そこが芸術家特有の思い込みというやつで。。。)
アルルに芸術家村を作りたいというゴッホの呼びかけに
答えてくれたのは、画家ゴーギャンただ一人でした。
最近の研究では、彼らが1枚の長い布を上下に切って
2人で分け合い、カンバスへ貼っていたことがわかって
きました。結構仲良くしてたんですね。
ゴーギャンは画面のバランスを考え、エキゾチックな
モチーフ、色合いを使って「売れる絵」を描きました。
それとは反対にゴッホの絵は生前1枚も売れず、それでも
全く意に介さず、自分の好きな絵を描き続け、お金が
無くなると、弟に絵の具を買ってもらっていました。
私は、人が好む完成度の高い絵を描こうとしたゴーギャンが
ずるいとは思いません。(売れないと食べられないもの)
ただ、ゴッホは、自分の好きなように描きたかっただけで、
そんな夢見がちなゴッホに、ゴーギャンは苛々したのでは
ないでしょうか。
ゴーギャンは、ゴッホに愛想をつかし、アルルでの共同生活は
破綻してしまいます。
その後、ゴッホが自らが描いた麦畑で、自らの命を絶つまでの
短い間に、代表作のほとんどを精力的に(想像を絶する早さで)
制作しました。
「アルルの部屋」は、そんなゴッホが夢を描いていた時代、
彼の理想が始まる場所である自分の部屋を、大好きな黄色を
たくさん使って描いた絵です。
彼は、最後まで自分のために絵を描き続けた最初の画家でした。