森シリーズ/アラスカより

Posted on : 2019-08-10 | By : ゆふこ | In : 作品, 日記, 異国のはなし

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毎年、秋になると「森シリーズ」で何か作品を考えます。(ひねり出すとも言う)

先日、ふと20年ほど前にアラスカへキャンプに行ったことを思い出しました。

 

キャンプの途中、半日ほどかけてアラスカ鉄道に乗りました。

ひたすらアラスカの大地を走り、雄大な景色を楽しむこの鉄道。観光客にとっては、移動の手段というより『乗ること』が目的です。

鉄道好きには、なかなか素敵な旅ですが、ずーっと座っていると、さすがに動きたくなってきます。

そんなわけで、一人でフラフラとデッキに出て外の風に当たっていると、車掌さんがやってきました。

私の横にやってきて、つまり結果的に二人で並んで、しばらくの間じっと立っていたのですが、「?」と思った私は、車掌さんのほうを見やり、「それは何?」と彼が手に持っている紙筒を指さしました。

「まぁ見ていてくれよ。今から面白いことがあるから」とニヤリと笑う車掌さん。

しばらくすると、車掌さんが「もうすぐ来るぞ」と鋭い視線でググっと向こうを睨んだかと思うと、『構え』の姿勢を取って、紙筒をポーンと投げました。

紙筒が投げられた方向を見ると、森の中の少し開けた場所に1軒の家が建っていました。

「あの家に新聞配達に行くのは大変だろ?だから、こうやって列車から新聞を投げて配達するんだ」「今日も成功だ!」と車掌さんはご機嫌で話してくれました。

そんな景色を小さなステンドグラスにしました。

1908ポスト家木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの家にポストがあったかどうかまでは確認できていないのですが、イメージで。

英語では、自宅にあるポストを「Mail Box」というそうです。

ポストの色は各国で違いますが、赤が可愛いのでそうしました。

今は、ネットで新聞が見られる時代なので、もうあんな風に配達しないかもしれませんね。

 

他にも夜のお月様シリーズも作ってみました。

1908家月木

 

 

 

 

 

 

 

 

1908家月1

 

 

 

 

 

 

 

 

1908家月11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋までに、いろいろな種類でつくっていくつもりです。

ハイリゲンシュタット

Posted on : 2018-12-18 | By : ゆふこ | In : 日記, 異国のはなし

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我が家の裏山を少し登ると、町を見下ろす高台に疎水と遊歩道が続きます。

昔、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットで、ベートーベンが田園交響曲の構想を練ったという道も、こんなごく普通の山道でした。

若かりし頃、ハイリゲンシュタットを訪れた私は『え?ここで作曲?』『天才とは、かくも普通の景色から名作を生み出せるものなのか』と驚きました。

疎水を歩いていて、そんなことを思い出した私は、ベートーベンにあやかって『何か素敵なアイデアでも思いつくかもしれない』と、時間のある朝はこの道を歩いて工房に行きます。

11月末は紅葉目当ての観光客であふれていた遊歩道も、12月に入ると急に人が来なくなり、いつもの静かな山に戻りました。

1812紅葉2

 

疎水の水かさが減り、観光船は通らなくなったけれど、紅葉はそのままです。

 

 

1812紅葉4

 

 

 

 

町を見下ろす丘

(エレカシファンにだけわかるタイトル)

 

 

 

 

1812紅葉5

 

 

 

雨上がりには紅葉の絨毯を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

毎朝、木を1本でもスケッチしたら絵が上手くなるかもしれないと思いながら、まだ描いたことがありません。葉っぱを持ち帰るくらいだけど、それでも『何か残るものもあるかもしれない』と思っています。

遊歩道を四ノ宮で降りると、諸羽神社があります。

神様にお祈りをした後、四ノ宮地蔵にお参りしたら、工房はすぐそこです。

 

相方さんには、ベートーベン目指して(?)歩くこの道のことを「ハイリゲンシュタット計画やねん」と言っていましたが、今は省略されて「今日はハイリゲンシュタットに行ってくるわ」と言うのが習慣になりました。

 

人は想像力さえあれば、どこにでも飛べる。

たとえアラフィフでも。(笑)

工房の風景「アイルランドの写真」 ドゥーリンの記憶

Posted on : 2017-09-29 | By : ゆふこ | In : 作品, 日記, 異国のはなし

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昔、友人と二人でアイルランドを旅した。

大自然とギネスビールの国、アイルランド。

訪れた土地は全て忘れがたい景色とともに記憶に残っているが、その中でもドゥーリンという村が一番印象深い。

 

アイルランド南西部の海岸線を旅した後、午後のバスで「ドゥーリンに行きたい」と言うと、草原の中の何もないところで降ろされた。

「さて、どうしよう?」

「こういう場合、海に行ったら街か何かあるものなんじゃないの?」と空を見上げ、

「あっちの空が広いから海なんじゃない?」と言って友人と歩き出した。

 

私たちは、アラン諸島を目指していた。

島へ行くには、ドゥーリンから船が出ているらしい。それに音楽が盛んらしい。

たったそれだけの情報でバスを降りたけれど、「○球の歩きかた」には3行しかガイドが載っていない。

 

海までたどり着くと、お店が5軒ほどあった。

土産物屋らしき店に入り「アラン島に行きたいんだけど」と言うと、

「この波じゃあ今日は船が出ないよ。ここの港から出るのは小さなボートだからね。隣街のゴールウェイなら大きな船が出るから大丈夫だと思うけど。」とのお言葉。

「ゴールウェイに行くには、どうしたらいい?」

「バスに乗ったら行けるけど。あぁ、でも今出たところだな。今日はもう無いよ。」

そのバスから降りてきたのですよ。私たちは。

 

あのままバスに乗っていれば、と後悔したけれど後の祭り。

仕方が無いから、今日はこのあたりの宿に泊まろう。

 

「地図を見せてください。パブで演奏があるって聞いたけど、そのパブはどこにあるの?」と訊いたら、「地図!」と言って笑い出すおじさん。

「地図なんて無いよ。この村には道が一本しか無いんだ。描いてあげよう。道の端が海。この店があって、道を戻ってバス停を超えたあたりにパブが2軒ある。ここに行けば演奏が聴けるよ。食事はこの2軒でしかできないからね。夕方からずっとパブにいるといい。」

 

 

夕方近くになり、村のあちこちから楽器を練習する音が聞こえてくる。

 

羊の声と、空と草原と黒い海。

あぁ、生活する以外には、音楽しか無いんだ。この村には。

 

友人と二人でパブに入って夕食を取ると、アイリッシュ音楽の演奏が始まった。

「パブの出し物」くらいに思っていたら、とんでもない。

 

静かに始まった音楽は、やがて重なり合い、高く低く。遠く近く。

恍惚とした表情の奏者たちの音はやがて、永遠のその先へと広がっていった。

 

「私たちには音楽以外なにも無いんです」という極限のアイリッシュ音楽は、首都ダブリンでも聴いたことが無かったし、もう2度と聞けないと思う。

 

演奏が終わり外に出てみると、星空の中に私たちはいた。

 

どこが上か下かもわからない真っ暗な夜の地球。

明るいのはパブの窓だけ。

聞こえるのはパブの音楽だけ。

暗闇と音楽だけで構成された世界。

そこで、初めて「芸術は人が生きるために必要なものなんだ」と知る。

 

アイルランドの旅の後半、バスを待つ間に見た店に、額装されたモノクロの写真があった。

「ドゥーリンで見た波と似ている」と思ってその写真を買った。

 

あれから20年以上が経ち、新しい工房に引越す時には、この写真を飾ろうと決めていた。

アイルランド

私の作ったステンドグラスが、生活に必要なものでありますように、という祈りを込めて。

 

***

 

引越しの時に、コンクリート打ちっ放しの壁を見た生徒さんが「ここ、ヒビが入っている。。。」と残念そうにおっしゃるので、見てみると、確かに大きなひび割れがありました。

 

私はそれを見た瞬間、「この割れた模様はアイルランドの波の写真にちょうど良いかもしれない」と思って、ドキドキしました。

そこに写真を飾ってみたら、ぴったりと壁のヒビと波の模様が合わさって、私は嬉しくなりました。

 

今、その写真を見ながら作業しています。